Blog

取材にあって思うもの

Penseur

2014.09.05

しおにゃん

先日、日本ハムファイターズの稲葉篤紀選手が今シーズン限りの引退を表明した。法政大学からドラフト3位でヤクルトスワローズに入団、その後FA宣言をし、北海道日本ハムファイターズに移籍した。ファイターズの優勝にも貢献し、WBCにも2回出場するなど日本球界にとって歴史に名を残す選手のひとりだ。

それだけに引退を決意したとの一報を聞いたときは残念な気持ちになった。とはいえ私自身は子供の頃から近鉄バファローズ一筋を応援し続けてきたので、才能ある選手という認識はしていたが、取り立ててファンであったりするわけではなかった。しかしWBCで若手選手を引っ張り、原監督の下2度目の世界一の達成に貢献するなど、彼と同年代ということもあり、意識が自然に向くようになった。

それ以来、ペナントレースで大阪ドームで「バファローズ対ファイターズ戦」を見るときの楽しみが一つ増えた。彼のモットーに「全力疾走」という言葉がある。なんでも意識を持って真面目にやる、そうすれば結果は自ずとついてくる、という彼の信念を言葉にしたもの。それを体現するひとつが、チェンジ時に見せる勢いのある走りだ。185センチ94キロという体躯を軽やかにグラウンドを走る様は、対戦チームの選手といえどもほれぼれする選手だった。

そんな稲葉選手と近接遭遇する機会が来るとは思ってもみなかった。つい先日、冊子制作を依頼された案件において、クライアントが稲葉選手をスポンサードしている関係からその中に特集ページを作ることになり、その部分のインタビュー取材と撮影に急遽行くことになった。

これまでの数あるインタビュー経験の中でも、スポーツ選手の経験はあまりない。どちらかというと芸能人や文化人、企業人と接することが多かったので、決まった瞬間から微妙な緊張が走り、準備を始めることに。

失敗してはなるものかと、ボイスレコーダーを新調し氏が書いた近年の著書を買い読みふける。さらに野球仲間に話を聞いたりファイターズファンの知り合いに、「稲葉選手ってファンから見てどう?」というようなミーハー的な質問に至るまで、少ない時間でより稲葉選手を知ろうと努力した。

まだ若手の頃、先輩編集者にいわれた話を思い出した。「相手だって緊張してる。だからお前は緊張するな」。それを聞いた最初は意味がわからなかったが、その後現場に行くと理解できた。当日は本人も「何を聞かれるんだろう?」という思いがある。現場では1対1だが、自分の後ろには何万何十万という読者がいる。だからこそ有名人・著名人は「聞かれたことにきちんと答えなくては」と慣れた人でも自分の立場や背負うものが大きくなるほどに若干の緊張を持つものだという。

そこを理解し、現場の空気を作ったり話しやすい流れを作るのも重要な仕事だ。人前に出る仕事である、芸能人やスポーツ選手などは比較的話し慣れているので、話をすることそのものは簡単なのだが核心に迫る話をする前に、楽しすぎる話で脱線してしまったりして、時間がどんどんなくなっていくこともしばしば。そのため、軌道修正をするための話題の変え方などを前日までにシミュレーションしておくのだが、なかなか一筋縄ではいかない。

特に稲葉選手のインタビューでは、試合前という時間の制約がある中、撮影もしなければならず、そういった意味での緊張感が先に立ったが、話しはじめるとプレイングマネジャーの経験も豊富なため、気さくかつわかりやすく話をしてくれた。著書などから仕入れた知識をもとに、より深く確認をしながら話を進めていく。できることならもっともっと話を聞きたかったが、ボイスレコーダーのカウンターを見るとタイムオーバー気味に。仕方がないのでそこで切り上げる。

しかし近鉄バファローズファンの私としては、どうしても個人的に直接聞きたいことがあった。それは「近鉄に入団予定だったんですか?」というもの。知り合いがテレビで本人がそう語っていたというのを以前聞いたことがあり、どうしても聞いてみたかった。そこで、写真撮影の指示をする合間に、「もしかしたら近鉄だったとか?」と聞いてみた。するとあっさり「そうですよ」という返事が。長年の疑問が氷解していく瞬間だった。もし近鉄に来てくれていれば、「稲葉ジャンプ」ではない違う応援があったのかと思うと、それはそれで感慨深い。

撮影が終了するまでも、始終気を遣ってくださる真摯な方でした。今季限りで引退してしまうのは残念ですが、視野の広い考え方や思いやりの心は、きっと良き指導者としてこれからのプロや球界を牽引してくれるはず。第二の野球人生がさらに素晴らしきものでありますように。